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東北・北海道冬編(昭和時代) ブログトップ

(No272)冬の東北・北海道旅行⑥小沢 [東北・北海道冬編(昭和時代)]

冬の東北北海道旅行シリ-ズも最後になりました。9日上野から夜行に乗って花輪線の龍ヶ森の
8620機を撮影し龍ヶ森のヒュッテに泊まり、12日の夜には北海道に渡り函館の木賃宿に泊まりま
した。次の日からは倶知安の駅前旅館に、二晩ご厄介になり函館本線の山線を走る「ニセコ」を追
いかけました。
そして最後の日に再び小沢に行き倶知安峠に挑む「ニセコ」を撮りに行きました。

---1969年1月15日----
この日は小沢は快晴でした。2日前は吹雪に見舞われたので今回は天候がいいので、よい写真が
撮れると期待して撮影場所へと行きました。
「ニセコ」が来るまで時間があるので小沢駅界隈で時間をつぶしていました。
小沢から岩内まで走っていた岩内線の気動車が出て行きました。
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小沢の給水タンクと信号はここのシンボルでした。2基の気動車がいますが、運用が分かりません。
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倶知安から珍しくD51なめくじが牽引する客列車が到着です。逆光の雪中でコントラストが強く眩しい。
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「ニセコ」が来る時間になりましたが、急に天候が悪化です。北海道の冬の空の気持ちがよく分かりま
せん。とうとう吹雪いてきました。これでは全く前回と同じ条件になってしまいました。
しかし、「ニセコ」は殆んど遅れずに2本の煙を吹き上げながら来ました。
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何時見ても目の前を通過する時は寒さも忘れ興奮して鳥肌が立った思い出があります。
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待ちに待ったC622。ツバメのマ-クが光りました。思わずカメラで追いかけました。
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さて興奮覚めあらず、すぐに小沢から長万部に向い、長万部で「ニセコ」の発車シ-ンを見に行き
ました。
長万部にC62単機牽引の「ニセコ」が到着です。これから待機していたC62の補機が付きます。
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本線に待機していたC62がゆっくりと来ます。大型蒸気機関車の連結は迫力がありました。
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連結作業が終わると本務機の給水や給炭の作業が活発になり峠越えの準備に余念がありません。
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いよいよ発車です。蒸気の圧力をあげ煙の勢いが増してきました。撮影してて一番ドキドキする時
です。
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もの凄いドレ-ンで本務機が全く見えません。吹き上げた猛煙が重連だと物語っています。
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もうこれで「ニセコ」の見納めです。この後は長万部から函館に行き青函連絡船に乗船してその日
の夜中に青森に到着したと思います。
多分青森駅で撮ったと思う特急「白鳥」が到着していました。
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青森発の急行「八甲田」に乗車して盛岡で下車。ここから花輪線の始発で岩手松尾に行き8620機
の三重連を目当てに行きましたが見事に外れて重連でした。午前中には盛岡に戻り583系の特急
「はつかり」に乗車して上野に帰ってきました。

殆んど北海道が主でしたが一応冬の東北・北海道旅行はお仕舞いです。

では これで。

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(No271)冬の東北・北海道旅行⑤上目名 [東北・北海道冬編(昭和時代)]

久しぶりに冬の東北北海道旅行シリ-ズです。今回で5回目となります。今日は上目名で「ニセ
コ」を追ったお話です。

---1969年1月14日---
倶知安から上目名に向います。倶知安は天候が悪かったようですが、上目名に来るとは天候が
回復して久しぶりの青空になりました。
DD14がこれからラッセルに出動なのか倶知安駅で待機していました。
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現在は上目名の駅はなくなりましたが、こんな山の中に駅が存在したのは何か理由があったの
でしようね。
上目名駅で降りたのは我々3人と同業者数名そして地元の方しかいなかった様な気がします。
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次の駅の目名で列車交換して来たのでしょう。しばらくしたらD51客列車が到着しました。
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タブレットを受ける駅員さん。近くに民家が有ったんでしょうね。地元の方が列車を待っていました。
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上目名はこの長いスノ-シェルタ-が有名でした。撮影場所までこのシェルタ-を歩いて行ったと
思います。今では考えられませんね。
D51貨物がシェルタ-から出で来ます。煙が屋根から出でいますね。
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天気は最高のなか「ニセコ」が噴煙を舞い上げて来ますシェルタ-を出て少し行った場所だったと
思います。
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ネガカラ-ネガでも撮っていました。ネガが退色して色を出すのに苦労しました。
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上目名はこの程度しか撮っていませんでした。ここの駅舎等撮っていなかったのが残念です。
次回は再び小沢に行って倶知安峠に挑む「ニセコ」を撮りに行った画像です。

では これで。





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(No264)冬の東北・北海道旅行④小沢・倶知安峠 [東北・北海道冬編(昭和時代)]

1969年1月13日。冬の東北北海道旅行の続きです。
倶知安の駅前旅館で一泊し疲れた体を休めた我々は小沢に行き倶知安峠に挑む「ニセコ」を追
いかけました。

ネガを見ると朝から雪だったようです。ネガを見ると昨日の倶知安駅の夜から、いきなり小沢から
倶知安方面1㌔程で来た場所になっていて、小さなラッセル車が走って来るのが写っていました。
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かなりの雪が降っていたようです。D51牽引普通列車がゆっくりとした速度で倶知安峠に登って
来ました。
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岩内線の二つ目玉の9600がわずか3両の貨物を引っ張って来ました。かなり苦しいのか、煙が
もの凄い。
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雪の撮影は特に下ってくる列車は音も無くいきなり現れてきます。時刻表に載っていない貨物列
車やラッセル車等は何時来るか分からないので特に万全の注意をはらって撮影をしていました。
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雪は相変わらず降り続いていました。「ニセコ」を撮るためにどの位待ったのでしょうかね。吹雪きの
音に混じってかすかに例のジェット機音が聞こえてきました。D51の列車の速度とは比べものになら
ないほどの早いスピ-ドで駆け上がって来ました。
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この後、小沢から二股に行き「ニセコ」を撮りに行きましたが冬の北海道の夕暮れは早く20分程遅
れて来たので、辺りはすでに暗くなりこんな写真しか撮れませんでした。
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二股駅の待合室で倶知安に戻るため列車待ちをしている鉄友。待合室の暖房はダルマスト-ブ。
当時このタイプのダルマスト-ブが主流でした。そばにある木箱には石炭が入っています。
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当時の二股駅の時刻表です。
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再び倶知安の宿に戻り次の日は上目名に行きました。次回は上目名で「ニセコ」を追いかけたお
話です。

では これで。





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(No263)冬の東北・北海道旅行③目名・倶知安の夜 [東北・北海道冬編(昭和時代)]

花輪線龍ヶ森の撮影を終えていよいよ初めての真冬の北海道に行きます。どんなに寒いのか
経験がありませんので胸の中はワクワクしていました。

---1969年1月12日---
花輪線岩手松尾から好摩に戻って来ました。登山スタイルの私です。肩にぶら下げているのは
5号テ-プまで可能なテ-プレコ-ダです。バッテリ-はたぶん単一が6本だったのでかなり大
きくて重かったと思いますが若さでしょうか平気だった見たいです。
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北海道の目的はC62重連が牽引する「ニセコ」です。なので今日中に函館に到着しないと明日
目名で撮る「ニセコ」に間に合いません。
好摩13時40分発急行「くりこま2号」で青森まで行き17時5分発の青函連絡船に乗船し、函館
に着いたのが20時55分でした。この日は函館の木賃宿素泊まり700円で一泊。長旅だったの
ですぐに床に入ったようです。
1月13日。函館発朝一のD51が牽引する普通列車で目名まで行きました。
途中イカ飯で有名な森駅をスナップ。
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ここは何処の駅でしょうか。DD51が牽引する急行貨物に追い越されました。
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目名に到着して撮影場所まで国道を歩きます。天気は快晴で沢山着込んでいるので汗をかき
ました。
撮影場所に着きましたが、今ではどの辺で撮影したか全く分かりません。
D51牽引貨物が来ました。貨車には積もった雪で重そうです。
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ジェット機の音と間違える程のブラスト音が聞こえて来ると、C62重連がすざましい勢いで駆け上
がってきました。
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うわさに聞いていた初めてのC62の重連の音に興奮した事は今でもしっかりと覚えています。

再び目名駅に戻ります。スノ-プロ-で雪をラッセルしながらの到着です。これから倶知安に行き
ます。
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今日は倶知安で駅前旅館にて一泊です。旅館に荷物を置いて倶知安駅で「ニセコ」の撮影です。
テ-プレコ-ダも持っていきました。

C62のヘッドライトが見えます。ホ-ムに静かに進入してきた「ニセコ」が来ました。
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大きな車体が目の前に停まりました。C6232+C622の重連です。構内照明で映し出されたC62
重連の姿です。しかし雪の上に置いたテ-プレコ-ダが動作しているのか心配です。マイクも雪に
刺したままです。
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蒸気の音が慌しきなって来ました。さぁそろそろ出発です。発車のブザ-が鳴ると同時に汽笛が
2声轟きます。
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2本の煙を噴出しみるみる内に加速して行きます。
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照明に照らされた煙が印象的。厳寒を忘れて去っていく「ニセコ」をずっと見続けていました。静かに
なった構内に「入り換え線オ-ライ」という声が聞こえてきました。
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雪に埋まったテ-プレコ-ダとマイク、ちゃんと動作していましたが、素手でマイクを持ったら手にくっ
ついてあせった覚えがあります。

明日13日は小沢に行き、倶知安峠に挑む「ニセコ」を追いかけます。

では これで。


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(No262)冬の東北・北海道旅行②花輪線龍ヶ森・岩手松尾 [東北・北海道冬編(昭和時代)]

冬の東北北海道旅行①では龍ヶ森駅近辺のお話でした。今回は33.3パ-ミルの急勾配に挑む
蒸気機関車8620機ハチロクのお話です。

---1966年1月10~11日---

龍ヶ森駅をサミットとする岩手松尾方面と赤坂田方面どちらも急勾配が続く難所です。赤坂田方面
は龍ヶ森トンネルがあるので一度国道に出でトンネル越えをしなければいけません。反対に岩手松
尾方面はそのまま線路沿いに犬走りを歩いて行けました。当然どちらも輪かんじきを持っていかない
と大変な事になります。チョット横にそれるとズボッと腰の辺りまで雪に埋まってだしつするまで一苦
労します。撮影は赤坂田方面と岩手松尾方面を行ったり来たりするのですが雪道はとても辛いので
やはり楽な岩手松尾側に行くのが多かったです。

まずは赤坂田方面で撮った画像です。1月10日は天気がとてもよかった様ですね。
数分前から風にのってブラスト音が聞こえていますが中々現れません。初めて耳にした時はドキドキ
したものでした。山の斜面からやっと現れました。時速何㌔なんでしょうかと思うほど、もの凄く遅いで
す。
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赤坂田から来る補機は逆向きなので絵的にはチョットさえないですね。
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国道282号線通称「鹿角街道」から龍ヶ森から下ってきた貨物列車を撮りました。
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同国道から狙っています。花輪線は後方の山麓の高倉山を大きく左に迂回して湯瀬温泉に至ります。
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さて次は岩手松尾方面です。此方は線路沿いの犬走りを行きます。安全の為に輪かんじきを付けて
歩きました。

後2台の補機を従い3台運転で登ってきます。此方側の補機は正面に向いて来ます。やはりこの方が
絵になりますね。
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貨物の最後にハチロクのお顔が見えたので思わずシヤッタ-を押しました。
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最初のトンネル付近で三重連を待ちましたが、残念ながらドレ-ンの水蒸気で3台がよく分かりません
でした。場所もよくなかったようですね。
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負けずに後追いです。流石に音は凄い。3台のハチロクのブラストが響きます。
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岩手松尾にも行って見ました。天候はあまり良くないみたいですね。
ここでも三重連を狙いましたがやはりドレインで3台が綺麗に見えませんでした。
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この辺りから勾配がきつくなるのでしょう、急に速度が落ちます。煙がなびいていませんね。
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岩手松尾を出たハチロクは全速力で加速しなければこの急勾配を乗り切る事が困難で、途中で登れな
くなることもあって出戻りの坂とも言っていたらしいです。

重連でフルスロットルで加速しているので煙がなびいていますね。
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山にさしかかると急に速度が落ちます。煙が谷間を覆いかぶさりました。列車が見えなくなっても強烈な
ハチロクのブラスト音が何時までも聞こえていました。
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吹雪いてきました。ハチロク牽引客列車が岩手松尾駅に到着です。
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雪に染まった岩手松尾駅は北国の路情を感じさせます。
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龍ヶ森に戻る時は岩手松尾17時35分発の客車6両(後3両は回送扱い)に後補機のハチロクが2台付い
て3台運転の列車です。龍ヶ森到着は17時53分です。約7㌔を23分もかかって登ります。
この列車に乗って龍ヶ森まで録音しました。止まりそうな速度て登って行くのを思い出します。オ-プン
デッキを出して久しぶりに聞いてみようかな。

次回は青函連絡船で北海道に渡ります。

では これで。



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(No261)冬の東北・北海道旅行①花輪線龍ヶ森 [東北・北海道冬編(昭和時代)]

大分寒くなってきました。後数日で早いもので12月師走になってしまいますね。
さて今日は昭和44年1月9日~13日にかけて厳冬の東北北海道旅行して来た時のお話です。

---1966年1月10、11日---
9日に上野発夜行列車に乗って盛岡。そして朝一の気動車で龍ヶ森へと登りました。標高約490m
程の駅です。近くには龍ヶ森スキ-場が有り駅からスキ-をはいて行けそうな所に有ります。
また、この駅には有名な当時国鉄直営のダブルル-フの客車5両のヒュッテが有りました。我々は
ここで一泊致しました。

スキーの臨時列車「銀嶺号」が到着です。右に見える客車がヒュッテ。この超豪華?なオハ31の5両
編成には台車が無く枕木を積み上げたダルマ状態で置いてありました。もうハッキリと覚えていませ
んが1両目がロビ-車、2両目が食堂車、3両目からは宿泊施設がある寝台車となっていたと思いま
す。食堂車で暖かいブタ汁と丼ものはこの何も無い所では何よりのご馳走でした。宿泊費は350円だ
ったと思います。ブタ汁60円、玉子丼120円、親子丼130円、カツ丼が160円、カレ-110円でした。
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暖かい食堂車でくつろいでいる私です。厳冬の中で撮影を待つ時間は非常に助かりました。ヒユッテ
に泊まる方は殆んどが同業者で夜になると鉄道談義で盛り上がったそうです。この日は我々だけでし
たが‥。
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盛岡から気動車が到着しました。どっとスキ-客が降りてきました。盛岡辺りから気楽に来られたよ
うですね。
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ちなみに営業は冬季で夏季は閉鎖していました。ヒュッテ入り口はこちらから入ります。枕木で組んで
客車を乗せているのが分かりますね。(昭和41年8月)
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スキ-を担いで龍ヶ森スキ-場に行く姿が見られます。今は前森山の安比高原スキ-場がありますが、
この龍ヶ森スキ-場は今はどうなっているのでしょうか。営業しているのでしょうか。
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岩手松尾(現在、松尾八幡平)から貨物列車が到着です。白い建物は信号所です。その隣の建物が待
合室です。鉄友が写っています。
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大場谷地峠にある龍が森トンネルの中がサミットとなっていたのでトンネル内からブラフト音が聞こえ
てきて、それはそれは凄かったですよ。
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龍ヶ森駅をスキ-場から眺めています。後方の山は前森山です。当時はスキ-場が無かったようで
斜面にはコ-スも見えませんね。
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次回は龍ヶ森付近で8620機の走行写真を予定しています。

では これで。
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